アーカイブ | RSS |
お知らせ
お知らせ : 妻木八幡神社について
投稿者 : masa 投稿日時: 2016-05-15 16:50:52 (2917 ヒット)



【ご祭神】 応神天皇(誉田別尊)

 「八幡さま」で親しまれる八幡神社は、全国に25.000社程あり、数の多い神社のひとつです。主祭神は応神天皇(誉田別尊)です。八幡信仰は、宇佐八幡宮(大分県)に始まり、石清水八幡宮(京都府)、鶴岡八幡宮(神奈川県)など全国に広がりました。特に源氏の氏神として武士社会の発展とともに各地にまつられるようになりました。八幡さまは武人の神、学問の神、母子神の信仰の神様として知られます。

【由 緒】

 妻木 八幡神社の創建は、一説に元応元年(1319年 鎌倉時代)に美濃国守護土岐頼貞の孫、土岐明智頼重が妻木城築城後に創建したといわれています。
 そして、関ヶ原の合戦(1600年)の後、7.500石の旗本になった妻木家頼は、社領として49石を寄進し、流鏑馬神事を始め、社殿を造営するなどして、ほぼ現在の神社の規模になりました。しかし、万治元年(1658年)妻木頼次(家頼の孫)の急死により、妻木氏は断絶し妻木城は廃城になりました。以降、妻木村は、分家妻木氏二家(江戸在住、上郷妻木氏、下郷妻木氏)に統治される事になり、八幡神社は妻木氏の氏神から、村民の産土神として崇敬を集め、神社の修理造営は村民達の手で行われるようになりました。
 江戸時代までは、境内に神宮寺として円光山大鏡寺八幡院がありました。明治維新の神仏分離令により、八幡院は廃寺になり、建物や仏像は他へ移されました。また、社領49万石は没収され、流鏑馬は明治3年を最後に廃絶し、10年後に復興されました。
 その後、郷社、県社として近隣町村の崇敬を集めました。昭和20年の敗戦とともに、宗教法人八幡神社として再発足し現在に至ります。

印刷用ページ